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誰にも言えず、誰ともつながらずに生きてきた長谷さんの人生を描いたドキュメンタリー映画『94歳のゲイ』

『94歳のゲイ』の公開が始まりました。男が好きということを「絶対に言われへん」時代を生き、ずっと思いを胸に秘め、セックスすらせず、90近くなるまで誰にもゲイだと知られずに孤独に生きてきた長谷忠さんのドキュメンタリーです。描かれている長谷さんの人生は一つですが、実にいろんなことを受け取ったり、考えたりできる作品だと感じました

誰にも言えず、誰ともつながらずに生きてきた長谷さんの人生を描いたドキュメンタリー映画『94歳のゲイ』

ゲイだということを周囲に絶対に言えなかった時代を生きてきた長谷忠(はせただし)さんが、ゲイのケアマネージャーの梅田さんに出会ったおかげで、初めて腹を割って話せるゲイの友人に出会えて、コミュニティに参加するようになり、心を開き、どんどん変わっていく、その軌跡を描いた奇跡のような物語です。レビューをお届けします。
(後藤純一)





 MBSのドキュメンタリー番組『93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~』とはだいぶ…半分くらい違う話になっています。なので、すでにMBSの番組をご覧になった方も、この映画を観る価値があると思います。
 
 大阪公立大学の新ヶ江章友さんという研究者の方が、大正時代に翻訳されたクラフト=エビングの『変態性欲心理』という論文、その2年後に日本の研究者が出した『変態性欲論』という本によって、同性愛は異常・精神疾患である、蔓延すれば社会を破壊する伝染病のようなものであるとの認識が社会に広まったと紹介してましたが、戦後もずっと(広辞苑で「異常性欲」と記述されていたように)同性愛は“変態”で“性倒錯”で“異常”であると見なされていたため、ゲイの人は自分がおかしいと思い込んでしまい、周囲に言うこともなく、長谷さんもまた、そのように生きてきました。

 初恋は小学校のとき、学校の先生だったという長谷さんですが、戦時中であり、誰にも言えず。中学のとき、学徒動員で満州に渡り、そこで終戦を迎え、翌年に帰国し、大阪で職を転々としながら戦後の混乱期を生き(生きるので精一杯だったことでしょう)、職場で好きになった人もいたけど、誰にも言えず、「好きな人いないの?」「結婚しないの?」と言われるのがいやで、そのうち人づきあいも避けるようになったといいます。他の多くのゲイの人たちのように(世間の結婚圧力に負けて)女性と結婚して生きるということをしないのであれば、孤独に生きるほかない、という思いだったのです。

 長谷さんが42歳の時に『薔薇族』という日本で初めて流通に乗った商業誌としてのゲイ雑誌が発刊され、長谷さんもある時点で『薔薇族』を知り、読んでいたそうなのですが(「ありがたかった」と述懐していますが)、他の多くの人のようにゲイバーやハッテン場などに行くこともなく、通信欄でゲイの友達を作ることもなかったというのを、おそらくこの映画を観たゲイの方の多くは不思議に思うのではないかと思います。しかし、振り返ってみれば、私も田舎の青森に住んでいたときは同じような感じでした。同性愛というのは異端である、死んでも地獄の業火に焼かれるという“罪”のような意識があまりにも強くて、一歩を踏み出すことすらできないのです。もしかしたら誰もが生涯のある時点まではみんな長谷さんだったんじゃないでしょうか。
 誰にも言わず、誰ともセックスすらもしなかった長谷さんの人生は、究極の孤高な生き方の基準点のような、ギリシャ哲学で言う「イデア」のような存在に喩えられると思います。ある意味、ゲイ友も作らず、恋愛もせず、ただ自分の胸のうちに秘めて独りで生きる人生が「長谷さん」という呼び方で概念化された、と言えるのではないでしょうか。
 
 長谷さんが非凡なのは、ただシェルターのような固い殻の中に閉じこもっていたわけではなく、自身の人生を詩や小説として発表してきたということです。特に詩のほうは、映画の中でも一説が紹介されていましたが、現代詩手帖賞を受賞するほどの優れた作品を発表しています(谷川俊太郎さんにも褒められていました)。孤独ではあったかもしれませんが、そうやって文学の世界で自己表現することで、生きる意味を見失わず、絶望せずにやってこれたのだと思います。
 あまり深く掘り下げられていませんでしたが、1990年頃にはゲイ団体の活動にも関わったことがあったそうです(その時すでに還暦を迎えていた長谷さんは、周りが20代、30代の人ばかりで居づらさを感じてしまったそうです。なので、やめてしまったんでしょうね…)
 長谷さんの人生には恋愛やセックスの文字はありませんでしたが、だからと言って“不幸”だったと決めつけてはいけないと思いました。
 
 もし梅田政宏さんと出会っていなかったら、長谷さんが世に知られることもなかったことでしょう。梅田さんはこの作品の第二の主人公です。私と同世代で、ゲイがまだ“異常”と見なされていた時代に思春期を過ごし、周囲にも言えず、生きづらさを経験してきた方です。そんな梅田さんがカミングアウトして西成でケアマネージャーとして生きるようになったこともまた、大切な物語で、梅田さんの勇気や志や人を思う気持ちこそが、長谷さんの人生を変えたのです(もしかしたら、知られていないだけで、長谷さんのような方はこれまでもたくさんいたのかもしれません)
 こちらの記事でも書いていたので、お伝えしてしまいますが、映画の後半、そんな素晴らしい人物である梅田さんが急逝したことの喪失の大きさが描かれ、観ている私たちも大きなショックと悲しみを追体験します(涙させられます)
 しかし、テレビでそれを知った方が(先日のニュースでお伝えしたボーン・クロイドさん)同じゲイとして長谷さんのことを心配し、連絡を取り、手を差し伸べ…という新しい物語が始まります(実はボーン・クロイドさんは東海林毅監督の『変わるまで、生きる』にも出演していて、初めて自身がゲイだと気付いた頃のお話をしたり、自分はゲイでよかった、また生まれ変わってもゲイでいたい、と語ったりしています。素敵な方です)。ボーンさんの登場は、生涯、誰とも恋愛することがなかった長谷さんの人生を変えるかもしれないという希望を感じさせました。先日は二人でパレードを歩きましたし、長谷さんの物語はまだまだ続くと思います。「95歳のゲイ」や「96歳のゲイ」も観たいです。
 
 30代の頃の長谷さんが結構モテ筋だったことや(もし、もっとゲイが生きやすい時代に生まれていたら、ゲイバーに行って、いい出会いがあったんじゃないかと思います)、新世界のお店が少し紹介されていたこと、意外とセクシーな裸のシーンがたくさんあったということもお伝えしておきます。
 
 上映館のポレポレ東中野は100席近くある映画館ですが、上映の40分前には満席になっていました。当日ふらりと行っても入れない可能性があるので、事前にネット予約したほうがよいと思います。
 

94歳のゲイ
2023年/日本/90分/PG12/監督:吉川元基
4月20日より東京・ポレポレ東中野ほか全国で順次公開

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